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いっぱいいっぱい・・ 仕事と子育ての両立に悩むとき 

2021-09-19 18:26:53ほか

 あの時、もし、こうだったら…、ああしていれば…。「たら」「れば」を考えても、現在が変わるわけでもなく仕方ない事ですが、長いこと後悔することが私にはありました。

それは子どもたちが小学生のとき、コツコツ貯金をして、やっと実現した家族旅行、北海道の夏の旅でした。

旅行中は子どもと楽しむと思ったものの・・

北海道ならではの、どこまでもまっすぐな道のドライブも気持ちいい。人の足では入ることのできない釧路湿原にて乗馬トレッキングで探索したり、海の幸やラーメンなど美味しいものを食べたりと満喫していました。  

 そのころ私は、はじめて自分が書いた原稿で、本の出版が目前で、最終校正の確認作業の段階でした。(そもそも出版も夢のような話で‥。)その2年前、ある協会誌の当時の編集長に「この運動遊びのネタたちが本になると、保育の先生やママ達に喜んでもらえるはず。本を出したい」と、山のような原稿を持ち込みます。当然突っ返されたものの。「順番を踏みなさい」と企画書の書き方から学び、本当に出版に漕ぎつけたのです。


無茶なお願いがまさか実現するなんて…その最後の一歩。 校正の担当のかたより 「いよいよ、この数日で校正が終わります。確認あれば連絡しますね」と言われてたものの、当時は携帯がつながりにくい場所も多く、着信に注意を払っていました。



その度の2日目、大雪山のロープウエイでの事。広大な山の景色を前に 、2人並んで座る席を見て、子どもたちの間で、かわいらしいもめ事が起こりました。 「わたしがママと座る!」 「ぼくが座る!」 決めるのはジャンケン!勝った息子と下りのロープウエイに乗る事になりました。

するとその瞬間、携帯電話が鳴りました。

一瞬迷います。「ママと乗る!」はしゃぐ息子を前に・・あとでかけ直そうか…でもきっと急ぎ。 いつ電波がきれるかわからず、かけ直すにも、ふもとに戻るのは夜。あすは土日だし、今しかない。

「少しだけいいですか?ごめんなさいね…家族旅行中でしょ。できるだけ手短にすませますね」   私のつたない原稿を形にしていただいている方です。私は「大丈夫です」と返事をすると、息子に「すぐ終わるからね」の目配せをし、隣の席に乗り込み話を続けました。 「え〜」と横でがっかりの声もしました。
「ここのイラストが…」「ここはこの部分が…」と話しながら、私は息子には何度も、「もう終わるから ごめんね」サインを送ってました。

〜〜〜〜

そして…電話を切った瞬間…ちょうど下に着いてしまったのでした

「ごめんね…話が延びて」と私が言いかけた時

小学1年の息子がポツリとつぶやきました。  

「…ママと見たかった…」  

私には このなにげない言葉が心に大きくズキンときました。しばらく言葉が出ませんでした。

  …ごめんね…   ずっと私の心に残りました。  

足下には、豊かな北の大地と美しい森、雄大な大自然が広がっていました。よく見るとエゾシカの姿も遠くにあったようです。それは、私たち家族が暮らす九州では、決して見る事ができない光景だったのです。初めて見るエゾシカを指差し、私に話しかけたかったんだと思います。

一度しかない、大切な時間。  

お風呂で「ごめんね」

寝顔をみて「ごめんね」

夜中に泣いてしまいました。

わたしも「一緒に見たかった…」   自分の能力の低さを感じました。なぜ一緒に見る事ができなかったのか?原因は私です。   スケジュールのずれは当たり前。そこまでに仕事を終わらせられなかった私が悪かっただけ。   時間管理は大事だなと思いつつ、当時のわたしはもういっぱいいっぱい



思い返せば

「我が子の友だちつくりのために」と社宅のママ友3組に地域活動からはじめました。

徐々に輪が広がっていき、途中から子どもたちを保育園に預け、そのうち東京に本部がある子どものフィットネス協会で、ディレクターの仕事をしていたため、時に日曜にも出張イベントが入るようにもなっていました。

「母親と遊びたい我が子は我慢させ、ほかの子どもと仕事するになってはいる?これでいいの?」と自問自答した時期もありました。  当時、担当していたスポーツクラブのレッスンでは、レッスン代行を数回出すと、次の査定で謝金の額が下がる事がありました。下がる金額は50円。金額よりも割り切れない気持ちがありました。

(この割り切れないおもいを抱いたタイミングで、ちょうど参加した福岡県の海外視察。デンマークの森の幼稚園。そしてオランダのワークシェアを学んできました(子育てや介護の時期は1人分の仕事をシェア)。このシステムを自分でしたいと起業していきます)

  息子の「…ママと見たかった…」は、いまも私の心に残っています。

そんな中、たまたま関西方面で仕事ととなり、大阪の大学に進学した息子と、琵琶湖の歴史めぐりを半日楽しむことがありました。 眼下に琵琶湖が広がる、長いロープウエイは一人乗り、息子の後ろの席に座ると、あの北海道の光景をふとおもいだしました。

「もう隣に乗りたいという年齢ではなくなったな。   あ!!一緒に景色を見ている・・・できなかった事が、いまできている。」あ!『ママ!一緒に見て』だったのが『りょう!一緒につきあって』に変わったんだな。

あとで車に乗った時、大人になった息子に「ごめんね。あのときはいっぱいいっぱいで」改めて謝りました。すると 「へ!?そんなこと、あったっけ?」 と笑われました。   子どもはいつのまにか成長していきます。親が思うほど、本人は気にしてなかったのかもしれません。

私は、7本の槍で有名な、琵琶湖の賎ケ岳ロープウエイに 15年の時を経て、息子と乗ることができ、今につながりました。

 

いま、仕事と子育てに悩むママへ伝えたい。

パンパンになってないですか?自分を責めたりしていませんか?

きっとだいじょうぶ。等身大でいいんだと思います。365日、24時間。完璧なお母さんでいるなんて難しい。思いをもって接していれば、きっと伝わっているはず。  そのままでいいんです。わかってくれる人が、ちゃんとそばにいて、育ってくれているとおもいます。私は子どもに親として育ててもらっていたのかもしれません。

きっとだいじょうぶ・・

ちなみに過去のブログをもう一つ紹介すると、

罪悪感はいらない!「働くママと学力は関係ない」研究についてブログを書いています

 

西日本新聞webサイト funfun福岡にコラムとして書きたものです 

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