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「桃のコンポート」食と農エッセー 掲載されました

2017-08-22 23:44:59子育てコラム

アグリふくおかに、私が担当した「食と農のエッセー」が掲載されました 
県内のJAにて配布されるとのこと。

依頼を受け、この原稿を書くために、家族に話を聴きに行き
知らなかった思い出を知り、思い出の棚卸しすることができました・・・
自分の人生、時代に合わせて思い出すことで、親の、家族の愛情に気づかされるかもです

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「はい、これ!持って帰らんね〜」。いつも笑顔を絶やさない一番上の姉の元気な声が響く。私の実家は筑後市で果樹園を営んでいて、実家から福岡市内に戻るとき、いつも長姉がお土産に持たせてくれるのが、手製の桃のコンポート(シロップ煮)です。 
大きな半透明のプラスチック製のお弁当箱。中では、シロップと一緒にゆらゆらと、おいしそうな淡いピンク色の実が揺れています。時には、そのまま凍らせたシャーベット状のコンポートを無造作に古新聞紙にくるみ、渡されることもあります。
 
 実家では、主に桃と葡萄を栽培しています。私は三人姉妹の三女で、子どもの頃から果物を食事代わりに食べて育ちました。 
 熟れすぎたり、ちょっと不格好な桃を捨ててしまうのが惜しくて、「もったいなか精神」から生まれたコンポート。今年81歳になる母が作り始め、姉がその味を受け継ぎました。なんと、一滴の水も使っていません。桃を切り分け、大きな鍋に砂糖と一煮立ちさせると、それだけで、実から果汁がじゅわっと出てきます。すぐ火を止めて、落としぶたをして冷まします。だから果肉の食感がゴロゴロ残っていて、甘い香りもそのままの贅沢な一品です。

大人用として落としぶたをする時に白ワインをいれるのもよし。私はシャーベットにしたのを、牛乳と合わせ、朝スムージーにして飲んでいます。商品化してもいいのではと思うのですが、姉は「人に喜んでもらえれば、それでよかと…」とご近所に配るため、地元の町内会や部活動などの差し入れではいつも大人気です。

跡を継いた甥と姉が桃の手入れをしている時、ラジオ番組で、ユーミンが「桃が好き」と話しをしていたのを聞いたそうです。ファンだった姉は余計に、桃が好きになったとか…。
 実は私も、「もも」「MOMO」って、言葉の響きが好きで、娘の名前は「ももか」と付けました。桃の香と書きます。(ちなみに息子の誕生時には、「桃の次の男の子やけん、太刀山巨峰君やろ?」と周りから聞かれました。笑)

 果樹園は、8年前に75歳で亡くなった父が始めたそうです。桃の思い出を母に聞いたところ、結婚前、父が桃園を買って引っ越した昭和28年、初めて収穫した桃を福岡市内の市場に初出荷しようとするのですが、ちょうどその年、西日本水害で筑後川の大氾濫が起こり、多くの橋が流されたとか…。そのため出荷できず、「どうしようか」と考えた父は、「大事な桃を無駄にできん」と、収穫した桃をすべて近所の高齢者施設に寄付したそうです。当時は珍しかった桃、お年寄りにとっても喜ばれ、後に筑後市から感謝状をもらったとか…。借金を抱えて買った桃園、待ちに待った、その年の桃の収入はなく生活も厳しかったはずですが、「人に喜んでもろうてよかったたい」と話していたそうです。私には初めて耳にした父たちのエピソードでした。
「そんな事をしたったいね。お父さん」
 
手間ひまかけたからこそ、生まれた桃のコンポート。私はいま、福岡市内で子どもの運動教室を経営していますが、農業体験もすすめていきたいと考えています。「大事に育てたものを、大事にいただく」、そんな思いを未来を担う子どもたちに伝えていけたらと思っています。

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こちらの本には 他にも 
・うきはの養豚 
・久留米の高校生が作った耳納の肉味噌
・八女のぼたもち
・糸島の長糸小学校の食育 など掲載されていました

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そして昨夜は、まさか天国からの電話?と思うような出来事が起こりました。
突然なった、わたしの携帯電話。
着信の画面表示ででたのは、他界した父の名前でした。

実は。。。携帯電話を義理の兄が引き継ぎ使っている事を忘れていたのですが。
義兄はいつも姉が一緒にいるので、
携帯で直接話す事がなかったため、父の名前での登録していたままでした。

義兄の声を聞くまで、、
「どうした?何かあった?お父さん。」と思いました
叶うならば 
ちょっと話してみたかったです

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